北京原人の失踪



北京原人化石骨は世界の何処にあるのか、いまもって不明で現代のミステリーである。
清華大学に留学していたとき、 北京原人化石骨失跡に関係あると思われる場所を訪ね歩いて、空想と推察の世界に浸ってみた。史跡探訪や観光スポットとしても楽しめるので、ここに紹介します。



周口店猿人洞

猿人洞

猿人洞えんじんどう

北京原人の故郷、周口店しゅうこうてん龍骨山猿人洞。北京原人は、いまから約50万年前に、この洞窟で暮らしていました。


中国では原人を"猿人"と称している

周口店しゅうこうてん遺跡博物館:

裴文中はいぶんちゅうが発掘した化石頭蓋骨を基に
ワイデンライヒが複製したものが展示
してある。
周口店遺跡博物館



北京協和医院(北京協和医科大学):

化石頭蓋骨は周口店から東単大街にある北京協和医科大学新生代研究室に移送されて、金庫の中に保管されていた。 1941年12月、日本海軍のハワイ真珠湾攻撃と同時に、北京駐留の日本軍が化石頭蓋骨の保護目的で接収に行ったが、 すでに金庫の中は空で、忽然として消え去っていた。
東交民巷:

東交民巷には、当時アメリカ公使館があり米海兵隊司令部があった。 海兵隊兵舎庭の地中深く隠匿した。またはトランク詰めにして秦皇島へ運んだとの説がある。

義和団事件で8ヶ国連合軍が立て篭もった場所
映画"北京の55日"の舞台となった


日壇公園:

最近この公園に化石骨が埋められているとの説がでてきた。




秦皇島埠頭しんのうとうふとう

当時、秦皇島には米海兵隊基地キャンプ・ホーカムがあった。アメリカはここから貨物船で、
ニューヨークのアメリカ自然史博物館に運ぶ予定だった。

山海関海神廟観海亭:

海中に突き出た岩礁上に建造されており、
約500mぐらい先に山海関老龍頭を望む。
琵琶湖にある堅田の浮御堂うきみどうを連想する
山海関老龍頭:

万里長城の東端にあり、渤海のなかに深く突き出ている。"天下第一関"で有名な山海関東門から約6kmと近い。

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