◎大国魂古墳◎(市指定史跡) 美馬市美馬町東宮ノ上
八幡神社の左にある109段(七五三の15段、女厄除けの33段、男厄除けの61段)を登ると倭大国魂神社の境内に到達する。
境内に入ってすぐ右に大国魂古墳の指標が見える。横穴式石室は南東に開口し、全長4.6m 、玄室長 2.17m 、幅 2.22m 、高さ 2.09m で奥壁には石棚がある。
玄室はやや胴張りをもつ正方形プランで、天井石の持ち送りは角度が揃っていない。側壁は砂岩と結晶片岩が混在しており、石材や構築法が定型化されていないことから、
段の塚穴型でも最古の古墳ともいわれている。
境内には3基の古墳があるが、開口しているのは1基のみで、これを大国魂古墳をいっている。円墳の頂上部分が陥没している。
◎海原古墳◎(市指定史跡) 美馬市美馬町西荒川
荒川古墳の西北西 300m 、養鶏場の東にある。径 15m の円墳で、東側が削られている。南に開口する横穴式石室も東側側壁がほとんど失われている。穹窿式石室の構造が
良く解る。全長 9.1m 、玄室長 4.35m 、幅 2.25m 、高さ 2.8m で、天井を前後から持ち送っており、西側壁はほとんど垂直に立ち上がっている。玄門の袖部には僅かに残っている。
奥壁側に石棚と石障があり、床面には礫が敷かれている。段の塚穴型。
◎平野古墳◎(市指定史跡) 美馬市美馬町平野
海原古墳の北東 300m の竹林中にある。径 10m の円墳で、西向きに開口する横穴式石室は玄室長 2.09m 、幅 1.96m 、高さ 2.1m で棚はない。玄室は胴張り、天井は穹窿式で
あり段の塚穴型。天井石は結晶片岩、それ以外は砂岩で築かれている。
◎荒川古墳◎(市指定史跡) 美馬市美馬町
重消東小学校の北西 400m の古い公民館の奥にある。河岸段丘上に築かれた径15m ほどの円墳で、墓地内の南向きに横穴式石室が開口している。羨道は狭いが、玄室はわりあい
広い。全長 8.6m 、玄室長 3.4m 、幅 2.64m 、高さ 3m 、羨道幅 1.1m の両袖式で、奥壁は結晶片岩の1枚石、高さ 1m ほどのところに石棚が付いている。天井は前後を持ち送りで
段の塚穴型。玄門部には袖石がなく、羨道の途中に立石がある。
◎真鍋塚古墳◎ 美馬市美馬町
常念寺の南方向約 200m の旧撫養街沿いにある真鍋家の屋敷内にある。コンクリート塀から径 10m ほどの円墳が目に付く。横穴式石室は南に開口しており、
羨道がほとんど残っていない。玄室長 3.9m 、幅 2.15m 、高さ 2.3m 、羨道長 1m 以上、幅 1.35m の両袖式で、奥壁は低い鏡石のすぐ上から持ち送って
穹窿(半球状)天井を構築する段の塚穴型の古墳。結晶片岩の割石で築いているが、天井石の一部は砂岩を使っている。
側壁は割石をやや胴張り状に積み、玄門は立石の上に見上げ石を載せている。現在、真鍋家は空き家になっている。
◎野村八幡古墳◎(県指定史跡) 美馬市脇町野村
吉野川北岸に発達する扇状地の野村八幡神社境内にある横穴式石室をもつ円墳。神社の本殿に削り取られているが、墳丘径 29〜30m 、高さ 6m の規模がある。
横穴式石室は南に開口しており、玄室の平面形が胴張りとなる段の塚穴型石室である。側壁の奥壁寄りには、両側の壁をつなぐ大きな板石を組み込んだ石棚がある。
開口部付近が改変されている様子からは、横穴式石室は現状の 9m からさらに 3m ほど長くなるとみられる。採集遺物からは、6世紀後葉の築造と考えられる。
段の塚穴と並んで、吉野川中流域を代表する後期古墳である。野村八幡神社の本殿前にある。